時々、思い知らされることもある。
自分と彼らの違い。

だけど同時に、思い出させてくれる。
彼らの中の、言いようのない、何か…‥。


 やさしい日々 



一言で言えば暑い。もっと言及するならば、太陽はぎらぎらと照りつける上に風がなく、どこかむしむしして身体がだるくなる。
そんな、どこにでもある、長いときの中の一日。
……されど一日。することもなくただ立っているには、長すぎるしいい加減うんざりしてくるものだ。
(暑・・・・・・・)
ルックは、今の季節にはまだ早いとしか思えない気温の上昇、それから人気の絶えることのないホールでの熱気にうんざりしてその場を離れることにした。
別に、四六時中見張っていなくとも、ここの連中に石版をどうにかする理由も力もないのだ。
「・・・・・・・・・」
ルックは、一度無感情に無機質なそれを見やってから、屋上に足を向けた。

この同盟軍本拠地、多くの場所が人でごった返していてそれは解放軍のときを上回るのではないかとさえ思う。
しかし、意外と人の出入りの少ない場所も探せばあるもので、少し離れた場所にある庭の片隅の木陰、それから屋上が、ここでのそれだった。
しかし今は、木陰のほうは数少ない涼み場所として他の人たちも押し寄せている。
(せめてひとりになれる場所に行こう・・・)
そんなわけでたどり着いた屋上には、意外な先客がいた。ルックは思わず目を見開く。
「・・・・・・フッチ?」
「・・・あれ、ルック」
手すりにもたれかかるようにして、軽く身を乗り出していたフッチを見て、ルックは怪訝そうな顔をする。
すると、それに気づいたのかフッチは軽く笑って、
「あはは、違うよ、飛び降りたりなんかしないって」
「・・・いつ、誰が君の心配をしたのさ」
憮然と返すが、フッチはこちらの言うことを聞く気はないらしい。
「まあ、その辺は解釈の仕方だよね」
そう言ってまた笑って、それからもう一度、身を乗り出すようにして空に右手を掲げる。
「風を感じたかったんだ・・・・こんな晴れ渡った日には、ブラックと一緒に良く飛び回ったからね」
「・・・・・・・・・そう」
興味なさげな声。
別段、同情するわけでも優しくなるわけでもない。
(そんなことしても、何の意味もないしね・・・・)
結局、それは現実。受け入れ、乗り越えるしかないものだ。
そして、3年たった今、まだ逃げるというほどフッチは弱くない。
(むしろ、あのハンフリーについていって、ふてぶてしくなりすぎてる感があるよ)
ふう、と一度息をついてルックはフッチに近づく。
・・・・・・と。
「―――――――あ」
「うわっっ?!」
フッチがわずかに声を漏らすのと、ルックの(珍しい)素っ頓狂な声がほぼ同時に重なった。
そして、ルックの身体は「何か」につまずいて、屋上の硬いコンクリートに打ち付けられる。
「ル、ルック大丈夫・・・・?」
「大丈夫じゃないよ。何さ、こんなところに・・・・」
悪態をつきかけて、止まった。
いや、止まらざるを得なかった。
ルックがつまずいた「張本人」は、コンクリートに直接背をつけて、すやすやと眠っていたのだから。
「・・・・・・・・・・」
一瞬、うまく思考回路が働かない。・・・そして、スイッチオン。
「何で君がこんなとこにいるんだ、ナギ!!!」
怒りに任せて叫ぶルック。
それでもしつこく眠り続けるナギに、ルックはその胸元を引っつかみ、がくがく揺らす。
「起きろっ・・・っこのマイペース男!!」
「・・・・・・・え?」
そこまでしてようやく覚醒したらしいナギが、寝ぼけた声を出す。
「あールック。ナギさん、僕より先にそこで寝てたんだよ」
とりあえず、ルックをどうにか落ち着かせようとしてみるフッチ。ルックは、大きく息を吐き出すと、怒りを抑えるように瞳を瞑る。
「・・・・・・まったく。君たちのせいで余計に暑くなったじゃないか」
イライラと言い放って、床に座りなおす。
そうすると、確かに照り付ける太陽の光はあるがまったく風がないわけでもなく、少し胸がすっとする。
・・・が、それも長くは続かない。
「あールックだ♪」
「・・・・・・・・・・・・」
いつの間にか起き上がっていたナギに、ルックは再び脱力感を覚える。
「そうだルック、水浴びに行かないか?暑いしさ。フッチもどう?」
「え、ええ?良いんですか?!」
「当然だろ」
「・・・・・・・・・・・ちょっと」
自分を抜かして発展していく会話に、ルックは不機嫌の増すばかりの声で突っ込む。
「ルックは嫌なのか?暑ければ水浴びがしたい!!それが人の性ってもんだろ?!」
そんな性は聞いたこともない。
「・・・・・・・・・・・」
・・・しかし。
さらりと。
それこそ太陽のように笑うナギ。
(・・・・・・・・”人”の)
ナギの言葉に、深い意味はない。それは分かっている。(むしろ支離滅裂である)
だけど、反応してしまうのだ、この心は。この身には、一体何が許されるのかと・・・。
「・・・・僕は遠慮するよ。もう帰るから」
「え?」
ここに来たのが、そもそもの間違いだったのだ。やはり自室にいればよかった。
一段と重苦しさを増したような空気をまとって、ルックは立ち上がる。
しかし、その服の裾をナギに掴まれる。
「・・・・・・・・・何」
ジトリと睨むと、ナギは意地悪く笑う。
「僕の誘いを断るとはいい度胸だな、ルック?」
「・・・・・・・いい加減に―――」
(僕は、帰りたいんだけど・・・っ)
振り向いて、その手を振り払おうとする。そのとき。
「ルック―――――!!!ここに居た!?」
バタン!とドアが勢い良く開いて、そこから数人の人影が現れる。
「あ、ヨウさん・・・それに、シーナ、サスケ?」
フッチが驚いたようにその名を呼ぶ。3人の表情からして、ヨウの行動にシーナは面白がって、サスケは無理やりに連れてこられた、といったところだろう。
一段とにぎやかになった、ただでさえ狭い屋上。
本当に、普段この屋上は人のこない場所のはずなのだが・・・・・。
「あ、フッチにナギさんも!まあいいや。あのねルック、今日暑いから、ルックにお願いがあるんだ!!」
足取りも軽く近寄ってくるヨウ。それに、ルックは冷めた視線を返す。
「風を起こせとか言うんならお断りだからね」
「ええーっっいいじゃんかルックのけち!!!」
「・・・・・・・・・」
まったくどいつもこいつも・・・・。
(人を、便利屋か何かと勘違いしてるんじゃないだろうね・・・・?)
そんなことすら考えてしまう。
俯いてしっかりと視線をそらし、ルックは無視を決め込む。
「・・・・・・・・・・・・・」
しかし、しばらく黙っているといつの間にかヨウの会話の対象はルックから他に移っていて、みな思い思いに話を楽しんでいるようだった。
(・・・・・馬鹿らし・・・)
部屋に戻ろう。
そう思うと同時に、今度はヨウに服を掴まれた。
「――――」
「ここにいようよ?」
ルックが口を開く前に、ヨウが言う。
「せっかくこんなに天気が良いのに・・・・一人でいるなんてもったいないでしょ?」
「そうそう、楽しけりゃ暑さも気にならないってな♪」
「たまには良いんじゃねーの?」
「ホラ、ルックもこっち座ってさ」
口々に紡がれる言葉は、彼ららしく。
(あたたかく)
・・・・・・・・・・悩んでいるのが、馬鹿みたいに思えてきて。
せめて今だけは?
(・・・・・・・・・・・これからも・・・?)
ああ、光を遮った心地よさとは、また違うものが。
思い出す、じわりと染み込む何か。
「・・・・・・・・・仕方ないね」

そう、たまにはいいのかもしれない。
誰かとともに、風を感じるのも。

過去も、立場も、何もかもが違う人たちの集まり。
だけど確かに共有する時間は、かけがえのないもののはずだから。
未来の光をこの瞳が見失ったとしても。

今この身に降り注ぐ温度だけは、感じることが出来るから。




*** ***
その後。
「やっぱり水浴びがしたい!!」
ナギがその一言とともに不完全なテレポートを実行したため、全員湖の真上に転移してしまい。結局ずぶ濡れになってしまっているのだった。

「・・・・やっぱり最悪かもしれない・・・・・」
呟くルックの声は笑い声にかき消され。
いつの間にか涼やかな風が吹き、空はどうしようもないほど澄み切って高く。

ルックは、知らずかすかな笑みを浮かべていた。





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