グラスランドに騒乱を巻き起こした「破壊者」の正体が知れた。
同時にその目的も、また。
先のブラス城での戦いで真なる紋章は3つとも奪われ、英雄たちはその奪還および打倒破壊者の計画に忙しい。
そう、彼らは怒り猛っている。
そして強く願っている。
一人の少年(本当はそんな年齢ではないが)を倒し、この地の平和を守るのだと、その正義を掲げて。

だから、フッチはそのことについて一度竜洞へ報告に行くことになった。
竜洞騎士団の副団長として、これからの、最後の戦いのために。
そして、連合軍への正式な協力は程なく決まったのだった。



 raining 




「・・・・ふう・・・・・・・・」
頭領であるミリアとの話し合いも終わり、フッチは明日、ヒューゴたち連合軍のもとに帰ることになっている。
そして、最後の戦いに参加するのだ。
グラスランドを守る――ひいては、このトランの地をも守るために、竜とともにある騎士の代表として。
それについて、異議はない。
(僕は、この地を守りたいから)
それは、もう18年も前から誓い続けてきたことだった。かの赤き英雄たちが、何を思いこの地を守ったか。平和へと導いたか。それが分からないほど、あの頃のフッチも子供ではなかった。
しかし・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
まさか、と口の中だけで呟く。
ブライトのところまで歩いていってその背を撫でてやると、白き竜は嬉しそうにキュウン、と鳴いた。
あの頃と変わらない、少し甘えた声音。 そういえば、ブライトは彼にもよく甘えていたっけ。そんなことを思い出す。
そして同時に、彼らとともに目指したものを、目指した思いを取り戻す。
そして、フッチは決めた。
ブライトの背にまたがる。暖かな体温が伝わる。輝く太陽を背に受け、穏やかな風を肌に感じて、フッチは空へと舞い上がった。
かつて戦場で友と呼んだ、一人の男と会うために。

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その場所には、すぐに行き着いた。
もともと場所は熟知しているのだし、ブライトに乗れば複雑な森の道を通る必要もないのだから当然といえば当然だ。
フッチは一応村の外で地に降り立つと、懐かしさをたたえた目を細めた。
そして、村に踏み入る。
ロッカクの忍の隠れ里へ。
「!!・・・曲者!?」
一歩踏み出した途端に、見張りの者らしい数名が敏捷に飛び掛ってくる。
しかしフッチはそれをさらりと避け、芯の通った声で言った。
「・・・僕は竜洞騎士団のフッチ。頭領に私的に話があってきたんだ」

フッチ、の名を出すと意外と簡単に忍たちは中に通してくれた。
それだけでフッチはなんだか嬉しい気持ちがこみ上げてきて、少しばかり硬かった表情を崩す。
そして、しばらく応接室らしきところに座らされた後、ス、とその部屋のふすまが開けられ、そこに目的の人物を見つける。
「久しぶりだな」
威厳のある、しかし親しさのこもった声が耳に心地いい。
久しぶりに会う友の姿はやはり自分と同じく大人びていて、だけどその響きの中に、フッチは確かにかつての彼の面影を見る。
「・・・そうだね。久しぶり、サスケ」
かつての戦いでは、美少年攻撃などという突拍子もない協力攻撃を強いられ、それでも比較的仲のよかった2人である。
いや、言及するならば、仲が良いと言えなかったのはサスケともう一人の少年だけだったのだが。
「それにしても、なんかしばらく見ねえうちに逞しくなってやがんなぁ。修行の成果か?」
少しばかりおどけた口調で、サスケが言ってくる。
それは、久しぶりに会うものたち皆に言われていることだったので、フッチは苦笑する。
「そんなに?でも、それを言うならサスケもでしょ?」
「はは、まあな。それだけの時間が経ったんだ」
どこまでも直情的だった少年のサスケ。その頃を思い出す。いつでも鮮やかによみがえる。
「あーなんか懐かしいな。・・・でも、絶対あいつは変わってないんだぜ?あんの毒舌野郎・・・」
軽口に任せて口に乗せた言葉を、サスケは不意につぐむ。
きっと思い出したのだろう・・・彼の身に宿るものの存在を。
成長することを放棄させられた、身体。
そう、久しぶりに見た彼は、あの頃と変わらず華奢で。
「・・・・・・・・フッチ。今日は、何の用なんだ?」
フッチに僅かに浮かんだ憂いの気配に気づいたのか、サスケは幾分低い声で問うてくる。
もちろん、フッチもそのために来たのだ。素直に話を切り出す。
「・・・グラスランドでの騒乱は、君も知っているよね」
「・・・?ああ・・・あれか、もちろん耳にはしてる。このあたりには関係のないことだとは思うが・・・。もしかしてフッチ、あれに参加してるのか?」
「・・・まあね・・・・」
切り出したものの、それを言うにはまだ、勇気が足りなかった。中途半端な答え方に、サスケが怪訝な目を向ける。
そして・・・聡明な青年に育った彼は、聞いた。
「・・・・・・ルック」
ぽつりと、低く、しかし確実な懐かしさを込めてサスケはその名を呟く。
「うん。今度の戦いの首謀者・・・仮面の神官将は、ルックなんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
あたたかい再会の時間は、そこで途切れる。耐え難い沈黙が、しばし二人の間を満たした。
フッチは、そこで瞼を閉じる。瞼裏に見るのは、先日の光景か、それともありし少年の日々か。
「彼に、会った。ルックは・・・五行の紋章の力でその身に宿る風を破壊すると言った。それで、破滅に向かう人の世界をくびきから解き放つのだと」
(あの頃と変わらぬ強さの瞳で)
だけど少しだけ、寂しさのような憂いをにじませて。
震えることもなく言い切った声から、フッチは決して彼がその思いを曲げぬことを悟る。
彼は15年間・・・いや、もしかしたらもっと・・・生まれて物心ついたときからずっと、紋章の未来について考えていたのだろう。
人々が血と涙の上に平和を築き、しかしやがては失われてその身を滅ぼす運命しかない人間とこの世界を、あの頃のルックはどんな思いで見ていたのだろう。
「・・・それは、100万もの命を奪うものだと聞いてる。それを、あいつがやると、言ってるんだな?」
不快感をあらわにした、サスケの声。
フッチは、それに肯定の意を示す。言葉にすることをあえて避けるように、僅かに頷いて。
「・・・彼には、灰色の未来が見えていると言ってた。紋章に支配された世界はやがて、人の住む場所をなくすと」
(君のそんな思いを、あの頃の僕ら、誰かがわかっていたなら)
君は、こんなことを思わなかった?
自分の命を捨ててまで、こんな計画を起こさなかった?
叫んでみても、それは遅すぎる。
「ねえ、サスケ・・・・・覚えてる?ルックがその思いを一度だけ、僕らに伝えてくれたこと」
その頃の僕らに、それを理解することは無理だったけれど。
「・・・・ああ。あの、雨の日か・・・・・・」
サスケも、静かに同調する。いつも生意気、毒舌、弱みなんか見せるどころか持ってすらいないんじゃないかと、サスケが良くぼやいていた頃だ。

雨が、降っていた。
そう、確かルカを倒した翌日だった。
それは誰の涙の代わりなのか、少しもやむ気配を見せなかった。
どんよりと曇った空は、太陽の存在こそが嘘であったかのように重く、誰にとっても気分のいいものではなかった。
フッチとサスケは、ルックを探していた。
シュウに頼まれたのだが、フッチは自分からその役目を買って出、サスケはそのフッチに言われてしぶしぶ、といったところである。
「うーん。ルック、どこにいるんだろう?」
「俺が知るかよ!ったく、いつも自分勝手なやつだよなっ」
「サスケ・・・でも、ルックは・・・」
「へいへい。分かってるよ、あいつがいなきゃ、昨日の戦も勝てなかったしな」
「・・・・そういうことじゃ、ないんだけど・・・・・」
まったくかみ合っていない会話をもどかしく思い、フッチは不満の声を漏らす。
確かに、サスケはルックをあまり良くは思っていないようで(いつもからかわれてるだけだから当然かもしれないが)、だから彼はたまに、ルックのことを戦力だけとして捉えることがある。それが本心からではないにせよ、そういう言い方は、フッチはあまり好きではなかった。
だけど、それはそれとして、確かに今ルックが石版の前、もしくは自室にいないということはフッチにとっても予想外で困ったことだった。
シュウからの頼みとは、つまりルックの体調のことである。
先日の戦では、たった一人でハルモニア軍を撤退させるほどの魔法を使い、そのときかなり疲労しているように見えた。だから、それとなくルックの様子を見てくるように、と言われたのだ。しかし、フッチたちが思いつくルックの居場所のどこにも、彼はいなかったのだ。
「・・・まさか、こんな雨の中外に出たとは思えないけど・・・」
そう呟いて、それからフッチははっと顔を上げる。
「なっ?!・・・どうした、フッチ?」
隣のサスケがその突然の動作に驚き、恐る恐る声をかける。
(・・・雨の、日)
フッチの中には、3年前のある日の光景がよみがえっていた。
「・・・・屋上、だ」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「ルックはきっと屋上にいるよ!行こうサスケ!!」
何を馬鹿なことを、とでも言いたげなサスケの視線を気にも留めず、フッチは走り出す。
それに少し遅れて、サスケもまた後をついてくる。
そのときフッチには、確信に近い思いがあった。
思い出したのだ・・・解放戦争の頃、一度だけ雨の日に、彼を見かけたことを。それも、人気のあるはずもない屋上で、だ。
(僕はあの時、一人になりたくてあそこにいったんだけど・・・・・)
先客がいると知って、あわてて引き返したのを覚えている。あの時は、彼の表情を見ることもしなかったけれど。
「・・・・・・・ルック!」
フッチは、屋上へ繋がるドアを勢いよく開けた。
途端に、少し強い風と、それにあおられた雨とがフッチの顔や身体にかかる。
外は、寒くはない。今は、終わりが近づいているとはいえ夏なのだ。
フッチは、その先に確かにルックの姿を見つけると、迷うことなく駆け寄った。
「ルック、こんなところで何してるの?風邪ひくから、部屋に戻ろう―――」
その鮮やかな法衣の袖を引っ張る。と、ルックはけだるげにこちらを見返してくる。
「・・・君には関係ないよ」
冷たく言い放たれる。
それに反応したのは、やはりフッチよりサスケ。
「なんだと?!せっかく探してやったってのに、その言い草はないだろっ??」
「別に、頼んじゃいないんだけど」
「・・・!!!あのなあっっ」
「サスケ!」
ほうっておけばどこまでも発展しそうな言い合いに、フッチは思わず口を挟む。
サスケは、まだ全身に怒りをたぎらせながらも口をつぐむ。
フッチは努めて静かに、ルックに話しかけた。
「ねえ・・・ルックって雨、好きなの?」
自分でも的外れな質問だと思ったが、それにルックは、驚くほど素っ気ない即答を返した。
「嫌いだよ」
その返答のすばやさに、フッチもサスケも思わずぽかんと止まってしまう。
すると、その後にルックが、ああ、と付け足した。
「雨が、じゃないや。雨の日が、嫌い」
「・・・・・雨の日が?」
「なんでだよ?」
サスケも不思議そうに聞いてくる。先ほどの怒りはそれでも残っているのか、口調はかなりぶっきらぼうだ。
(雨じゃなくて、雨の日が)
確かに、フッチも雨の日が好きとは言わないが、ルックから窺えるのは、そんな嫌いよりももっと何か、憎しみに似た感情のような気がした。
それなのに、声はどこか寂しげで。
(・・・・ルック、いつもと違う・・・)
どこがと問われると明言は出来ないのだが。
そして、ルックは無視を貫くかとも思われたが、短い逡巡の後に、こう答えた。

「灰色だから」

「・・・・・・・・灰色?」
正直その言葉の意味がつかめず、フッチは半ば呆然とそれを繰り返す。
それから、ちらりと空を見て、それが何を指すかを知る。
灰色の。光なき空。
「・・・意味わかんねえし・・・・」
フッチの隣で、サスケがボソリとこぼす。しかしそれは、普段とはどこか違う雰囲気のルックに戸惑っているほうが大きい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
フッチもまた、返す言葉が見つからない。
しかし、不意に頭に浮かぶものがあった。それは記憶。出来る限り触れないようにと硬く閉ざしてきた。
(・・・・・あの日も、空は灰色だった)
暗い夜だったけれど、空は紺でも黒でもなくて、雲が敷き詰められた黒灰色。その合間に、小さく月が見えていたかもしれない。
自分の親友との、別れの夜。
「・・・死の色・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・へえ」
フッチ自身、どうしてそんな言葉が出たのか分からないが、それはルックの関心をひきつけたようだった。
鋭い翡翠の瞳は、フッチを見ているのか、見ていないのか、分からなかった。そう、あえて言うのなら、遠くを・・・・・・そんな感じ。
「フッチ?・・・もういこうぜ」
フッチの声音が哀しげだったのに反応し、それまで傍観していたサスケがフッチの腕を掴んだ。
「え・・・・・・でも」
あわててその手を離そうとするが、それよりも早くルックに背を押された。
「・・・・・早くいきなよ」
「ルック!!」
半ばサスケに引きずられるように、フッチもしぶしぶ歩き出す。
「でも、ルックも一緒に中に・・・・」
「フッチ」
せめてと振り返ったフッチに、意外な低い声がかかる。ルックはまた空を見上げて、眉をひそめていた。
「・・・・・雨がやんだら、また晴れるよね?」
感情の読めない、声。
高くも低くもないその凛とした声で、ルックはただの一度だけ、フッチに問いかけた。普段なら戯言の範囲でとどまるような問いだったけれど、ルックが真剣な面持ちだったためフッチはわずかに戸惑う。
しかし、次には笑顔をのせていた。それは、何も分かっていない者の残酷な笑みだったのかもしれないけれど。
「当たり前でしょ?・・・ホラ、ルックも風邪ひくよ!」
そう言ったら、ルックはそのまま建物の中に入ってくれた。
(雨は、3日ほどして止んだ)
あの屋上でルックの姿を見たのは、あのときが最初で最後だった。


「・・・・・・・・灰色の未来、か」
低く、サスケが呟く。
「あの時、ルックのことをもう少しでも分かっていれば・・・よかったね」
無駄な後悔だと知りつつも、思わずにはいられない。
「僕たち、もっと・・・・・・話が出来ればよかったね」
あのころの記憶は今でも痛むことのほうが多いけれど。
確かにあった、ぬくもりとしあわせな時間と。その一部でも、彼は感じてくれていただろうか?
指先に現実を感じられないといった彼は、しかし周りのものに現実を見て、そして願ってくれた。希望を。
そのための力を、貸してくれた。
「あいつは、そんなこと言っても聞きゃしねーよ」
サスケが、吐き出すように言う。その口調は、明らかに昔に戻っている。
忍の頭領と竜騎士の副団長、ではなく。友人として。
「ルックは・・・勝手なやつだよ」
「・・・・・・・・・・・・・うん」
(僕では、君の力になれないことくらい分かっていたけどね)
それでも、願うのは傲慢だろうか。
友人として、その生を願うことは、愚かなことだろうか。

「・・・あぁ、もうこんな時間なんだね」
窓から差し込む光の赤さに気づいて、フッチは軽く目を見開く。
「・・・・・・・・行くんだな」
「ああ。次が最後の戦いだ」
フッチは答える。

きっと、君を止める。
この地を守る。壊させはしない。

「最後の・・・・・・・・・・・か」
フッチは立ち上がり、空を見る。サスケも、それに倣う。
あの日とは対照的な、晴れ渡った空。
生きる力に満ち満ちた、明日へ繋がる今日の終わり。
それはひどい皮肉のような気がして、しかしこの空を恨む気にはなれなかった。
「綺麗だね・・・・・・」
彼もまた、この美しさを守りたいのだろう。
それは、言葉にはせずに心にしまう。

フッチはブライトに乗り、それからもう一度空を仰ぐ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なあ」
なんとなくそのまま動かずにいた2人だが、先にサスケが口を開いた。
「アイツに会ったらさ・・・言っといてくれないか」
「何?」
サスケも、フッチも、じっと空を見る。
「俺はやっぱりお前が嫌いだ・・・ってさ」
最後とばかりに燃え輝く斜陽の光が、その頬にかかる。眩しさにか、目を細める。
「絶対・・・・・忘れられないから、どうしてくれるんだっ、て・・・」
「・・・・うん」

その言葉を最後に、フッチは飛び立った。戦うために。
すぐそこまでこみ上げている涙を、決して流してなるものかと必死に瞳を開いて。




―――ルック。


君とともに戦った日々は、永遠に色褪せない。忘れない。



君にとって虚ろなものだったとしても。
あの日々は確かに、在ったのだから。
僕らの中で、鮮やかに色づいているのだから。





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