あのかたは、わたしの「ひかり」なのです。

あざやかなみどりのふくをきたすがた、やさしいめも。
はじめてかんじた、ぬくもりも。


セラは、まもりたいのです。


 その光だけ 




「ルックさま!」
微かな、しかしよく知った魔力のカケラを感じて、セラは勢い良く走り出した。
ひたすらに広い廊下を走ると、その靴音が反響する。いつもはそれがなぜか怖かったりして、あまりやらないのだけど。

(ルックさまに早く会いたいから・・・っ)

どこかにレックナートの使者として赴いていたため、セラはかれこれ1週間ほどルックと会っていなかった。
ルックがレックナートの指示で各地に飛ぶことは、これまでに何度もあった。が、今までは長くとも3日もすれば帰ってきていたので、今回のことがセラはとてつもなく心配だったのだ。
同時に、寂しかった。
そんな感情はルックの重荷になると分かってはいても、それはとめられない。
ぱたぱたと足音高く、たどり着いたのは大きな扉。
いつも、レックナートが使っている部屋だ。
それをセラは幼い身体をいっぱいに使って押し開ける。
「ルックさま!!!おかえりなさい!」
「セラ?」
扉の先にあったのは、いつもと変わらぬルックの姿。こちらを視界の端に捉え、ついでかすかな笑みを浮かべてくれる。
ほんの少しだけ戸惑ったような、しかしあたたかいその表情がセラは大好きだ。
嬉しげに走りより、その服の端を掴む。そうやってまだまだ自分よ背の高いルックを見上げる。
それを見て、レックナートに笑みが浮かぶ。
「ルック、疲れたでしょう?セラと部屋に戻りなさい」
穏やかに告げられた言葉に、ルックは「はい」と軽く頷いて歩き出す。セラの小さな手を取って。
「・・・・行こうか、セラ?」
「はい!!!」
そうして、セラは一週間ぶりのぬくもりを取り戻すようにしっかりとその手を握り返し、大きく頷いたのだった。

ルックの部屋は、セラの部屋よりも当然大きい。セラは、そこに入るたびにほうっと息をつく。
きれいに整頓された部屋は見ていて気持ちが良いし、そこにはルックでさえも存在を忘れている本などがたくさんある。セラにとってはそれを発掘するのが楽しみの一つなのだ。
「ルックさま、ここの本棚を見ても良いですか?」
本当はルックといろいろ遊びたいと思うのだが、やはりルックも疲れているだろうから、そう言う。
(わがまま言って、ルックさまを困らせたくはないですし・・・!)
それに、頑張って魔道書を覚えるのも楽しい。ルックがそれを褒めてくれるともっと嬉しい。
すべて、あの神殿にはなかったものだ。
(こんなに毎日が楽しいなんて)
あの頃の自分は全然知らなかった。
そして、セラは強く思う。このままの幸せが、ずっと続けばいいと。
いや、続いていくはずだと。
何の根拠もなくても、それは幼い少女の中では疑うことすらない現実。
セラは、ルックが軽く頷くのを見てから本棚に近づき、いくつか奥まった場所から本を引っ張り出してみる。
「ん―――・・・・・・」
実は、読める本はもうほとんど読んでしまっている。セラが引っ張り出してみた本の束には、見たことのある装丁、もしくはまだ読めそうにもない分厚い魔道書ばかり。
「―――――――――あ」
落胆の色を隠せないまま顔を上げようとしたセラは、本棚と壁の間の小さな隙間に、鮮やかな色を見つけた。
「これは・・・・・・・・・」
少しばかり手を伸ばして取ってみると、それはルックの部屋には似合わない本―――童話だった。
(たけとり・・・ものがたり・・・??)
子供らしい、どんな話なのだろうという感情が沸き起こってくる。やはりセラも、こういうものに興味がある年齢の少女なのだ。
しかし、ぱっとルックを振り返って、セラは声を出すのを思いとどまる。
窓の外を眺めていたルックが、表に出していないとはいえやはり疲れているように見えたから。
少し、顔色も悪いかもしれない。
(セラがいたら、休めませんね・・・・)
残念だと思いつつも、それがルックのためならば構いはしない。
とりあえず本だけは借りてみようと、それを手に立ち上がる。
すると、その気配を感じたらしいルックが不意にセラのほうに視線を戻す。
「セラ・・・・・?もう帰るのかい?」
少し意外そうな声音。
セラは、あわてて言う。
「あ、いえ・・・この本を読んでみようと思ったので、セラ、自分のお部屋で読んできますねっ!ルックさまはゆっくりお休みください・・・!」
そして言い終わると同時に駆け出そうとする。
一度話し出すと、もっとルックといたいという気持ちが強くなってしまうから。
だけど・・・・・。
「なに?竹取物語?そんなのこの部屋にあったんだ・・・いいよ、読んであげる」
本を覗き込んだルックは、意外なほどあっさりとそう言ったのだ。
「え・・・・・・・」
「なかなかここに帰ってこれなかったからね。そのお詫びだよ」
穏やかなルックの表情は、少しもそれを厭っていないことが窺えて、セラは嬉しくなる。ついつい、表情もほころんでしまう。
(疲れていないはずがないのに)
(セラは、迷惑ばかりかけているのに)
それでも。
「嬉しいです・・・・・・っ」
そう思ってしまっても、いいのだろうか。
少なくともルックも、この時間が嫌なものではないと、感じてくれているのだろうか。

セラは本を大きな手に渡しながら、満面の笑みを浮かべていた。


::::::::: ::::::::::


「ふぅ〜〜〜〜・・・・・」
しばらくして。
風の魔導師の部屋には、目に涙をいっぱいに溜めた幼い少女と、その子を膝の上にのせて困り果てている少年。
「・・・せ、セラ・・・・・大丈夫かい?」
「・・・・・ご、ごめんなさ・・・・っ」
「いや、いいけど・・・」
セラは、物語の佳境に入ったところからひたすらに泣き続けている。
それが見るに耐えなくて、ルックは何度も読むのをやめようかと言ったのだけど、セラはそれだけは聞き入れなかった。
そして、今しがたかぐや姫が月に帰っていくところまで話し終えたのである。
「・・・・っどうして・・・・かぐや姫はお月様に帰ってしまうのですか?」
ひっく、としゃくりあげながら、セラの幼い声が尋ねる。
ルックは困ったような曖昧な表情で。
「・・・・・かぐや姫には、本当の居場所があったからね・・・・」
「ですが、本当は帝さんと一緒にいたかったはずなのです・・・」
(大好きな人と離れ離れになるのは、かなしいですのに)
そう、たったの数日離れるだけで、こんなにも自分は寂しかった。
一人でないことが、誰かが傍にいてくれることが嬉しいのに。なのに。
「・・・・・・・・・・・仕方ないんだよ」
ルックが、ぽつりと言った。
それは、きっとセラに聞かせるためのものではなくて。無意識に零れ落ちた・・・・。
「・・・・・人間じゃなかったから。そこには居られなかったんだ・・・・」
「―――――――」
そのとき、ふっとセラの中に何かが流れ込んできた。
明確には形を成さない・・・・「かなしみ」
そして「絶望」?
(・・・・・・・いや・・・っ)
なぜか一瞬、目の前の少年が消えてしまいそうな気がして。
セラは反射的にルックの首元へ抱きついていた。
「え・・・・・セラ?!」
ルックが、はっと我に返って慌てる。
が、セラはますます力を込めて自分には大きすぎる身体を抱きしめる。
「セラは、離しません・・・・・・っ」
「え―――――」
なぜか言っておきたいと思った。
なぜか、さっき流れ込んできた意識がルックのものであると分かった。
・・・・・・・いつか、何かが起こるのだと思った。
「セラは、何があっても、ルックさまのお傍にいたいです!月のお姫様になんか、なりたくない・・・」
自然と涙がこぼれる。
そう、彼との別れを思うだけで、こんなにもつらい。
「だから、だからルックさま・・・・・・・・」
(私を置いて、いかないで)
もう、ひとりにしないで。
それは我侭なことだけど、それでも。それだけは。
「・・・・・うん。ありがとう、セラ」
ぽんぽん、と。あやすようにセラの背中を叩く。
「いつか、僕が・・・・・ううん、今の君の言葉だけで、十分だ」
ルックのその言葉の意味は分からなかったけれど。
そばにいる。
いてもいい。
それが分かれば、十分だった。
セラはぎゅうっとルックの服を掴むと、それから顔を上げて照れたように笑った。
その先には、泣き笑いみたいな、でも嬉しそうなルックの顔があった。


・・・・・・いつかの未来、何かが変わり始めるのだとしても。

きっとそばにいよう。
その光を守りたいから。

永遠も何もいらないから、その、ひかりだけ。





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送