「ナギがいない・・・・・・・・?」 ルックがそれを聞いたのは偶然だった。 「ああ、今上層部の人間だけで探してるんだが、どうやら城内にはいないらしい」 慌しく、しかし小声で話していたビクトールとフリックの会話を、ルックはたまたま風の力で読み取った。 そして、その言葉を理解した瞬間に、ルックは飛んでいた。 考える必要もなかった。どこに行ったのか、なんて。 それは、本当は皆予想がついているのだと思う。それでも、いけない場所。 (シークの谷へ・・・・・・) きらめく光が乱反射する、天国のような彼の墓地へ。
ふわりと、ルックを取り巻く風が導いた場所に降り立つ。 風が離れると、少し乱れた髪を整えることもせず、ルックは顔を上げる。さすがにここまでの距離を一気に飛ぶことは出来ず、何度かテレポートを繰り返したため多少息遣いは荒い。 しかし、ルック自身それを気にする気は一向にない。 ただ、不自然なほどこの場にそぐわない、鮮やかな赤を見つめていた。 「・・・・・・ナギ」 極力抑えた声で、その名を呼ぶ。 そういえば、まともに名を呼んだことなんて随分久しぶりなのでは、と思いつつ。 「・・・・・・・・・・」 しかし、聞こえているのかいないのか、ナギはぴくりとも動かない。かの親友が息を引き取ったその場所で、ナギは立ち尽くしている。 (まったく・・・・・) 呆れたような気持ちで、ルックは歩を進める。 そうしてナギの隣に並ぶと、ほんの少しだけナギの肩が揺れた。しかしルックはそれを目に留めたりせず、ただ静かに目を閉じる。 何かに祈るための動作――手を合わせたりなんかはしない。もうその場にはいない魂に向けて、ただ目を閉じるだけ。 「ルック・・・・・?」 それに気づき、ナギははじめてこちらを見た。 その声には、驚きが多分に含まれている。 (まあ、当然だろうけど) だって自分は、テッドという少年とは塔で一度会っただけのはずで。それ以上でもそれ以下でもない・・・こんな場所に来る必要も必然もない者のはずなのだから。 「・・・・・・・ねえ」 「何?」 「・・・・・・・・・・・・・」 ここまで来たものの、ルックはなんと切り出したらよいかわからず口ごもる。しかし見つめるナギの瞳が真剣だったので、ルックは無理やり心を落ち着けて、口を開く。 「テッドは、君のそんな顔は望んでいなかったよ」 「・・・・!!何を・・・・・?」 お前に何が分かる? そう問われることが分かっていて、だからルックはその間も与えずに言葉を放つ。 「テッドとは、以前からの知り合いだったんだ」 友人、とは言えなかった。自分と彼は、そう呼べるほどの時間は共有しなかったから。己の中では、確かに彼はそう呼べる人物であったけれど。 「彼が最期に望んだのは、ただ、君の光だったよ」 それを失わないように。 笑顔を失くさないように。 希望が、絶望へと風化しないように。 (そしてこの僕にも、光の中で生きろ、と) 最期まで、人のことばかりを気にかけて。自身は喜んで滅びを享受した。 「・・・・・・・・・・そう、か」 ナギは、ルックの言葉1つ1つをかみ締めるように聴き、そして複雑そうな顔で頷いた。 「あいつの言いそうなことだよ」 そういったナギは、悲しいというよりも寂しそうで、少しだけ苦笑しているようだった。 風が吹いた。 この場には、風程度の力で揺らぐものはただナギとルックの、髪と衣類。 深い谷の中だというのに、ここはどこまでも幻想的だった。 ひとしきり静寂が続いたあと、思いがけずナギのほうから言葉がかかった。いや・・・それは、きっと独白だったのだろう。 「テッドは、幸せだったかな」 300年。 それは人が生きるにはどれほど長すぎるのだろう。狂わずにいることで、どれほどのものを失くしただろう。 「僕の前では、ただの子供みたいに笑ってたのにな・・・」 自嘲気味にささやかれたそれ。ルックは、気がつけば遮っていた。ナギを驚かせるには十分なほどの、強い確信をこめた目で。 「アイツは!あいつは、君がいたから。闇を抜け出せた。そう、言ってた・・・」 伝えるべきなのか。そうではないのか。 テッドの意思など分からなかったけれど、ルックは伝えておくべきだと思った。 「テッドにさ、子供の時間を与えてあげられたのはきっと君だけだから、だからそれは君が傷を負うことじゃない」 こんなにも必死に言葉を発したのはもしかしたら初めてかもしれなくて、ルックは大きく肩で息を吐く。 子供のときを与えられなかった、孤独な少年に。 与えて余りある光を持つものが、今、自分を取り込もうとする闇に脅え、なくしたものを悲しんでいる。 そして、それでもナギは立ち上がる。 (理解、出来ないけど) 必死で生きること。生きる意味が揺るがないこと。 「自分」を押さえつけられてまで、成すこと。 ただ相手へと願う思い。光。 ただ。 その手伝いがしたかった。 (それくらいなら、許されると思った) テッドがくれた願いへは、まだ今の自分では応え方すら分からない。 (だから、約束だけは守るよ、テッド) 「・・・・・っだから・・・・・」 傷つかないでほしい。だけど、悲しみを抑えないでほしい。 そう思うのだけれど、それが言葉にならない。 こまっしゃくれた自分は、あの少年のように素直になったりは出来ない。光の前でさえも。 「・・・・・分かってるよ、ルック」 ふっと肩の力を抜いて、ナギは言った。 「僕は確かにテッドを失ってしまったけれど、それに絶望する気はないんだ。まだ、未来は繋がっているのだから。それにさ・・・」 そこまで言うと、ナギはルックのほうを見ていたずらっぽく笑って見せた。 「それに、あの時ルックが泣いてくれたからな・・・それで、救われた」 「・・・・・・は?!」 (僕が・・・・・・・・????) 甚だ予想外のことを言われ、ルックはつい間の抜けた音を出してしまう。 (泣いていた?) 自分の記憶にはない。誰も気づいたものなどいなかった。 それでも、ナギは見ていた。 「気づいてなかったの?ルックは、泣いてたよ」 あの時。たった一筋だけ流れた透明な涙に、ナギはひどく安心した。 あの場で泣くわけにはいかなかった、自分の代わりに。 誰でもいいから、その瞬間を何かで弔ってほしかったのだ。 「ありがとう、ルック」 そう言って、ナギは涙を流した。ルックが否定するまもなく。 次から次へと、とめどなく流れ落ちるそれは、ただ綺麗だった。 「明日は、戻るよ。リーダーの僕に・・・」 いつもは研ぎ澄まされたその声音にナギのカリスマを見るのだが、今は、今だけは。まだ少年のあどけない声で。 ただ親友のためだけに、声を上げて泣いた。 ルックはそれを見ていた。 英雄像にかき消されてゆく「ナギ」の本来の姿を、焼き付けるように。 翡翠色の瞳から流れるものはなく、ひたすらに目の前でうずくまる少年を見ていた。 (親友、か・・・・・) 真の紋章の呪いを受けたものでありながら、それを抱いて生きたテッドはどんな気持ちだったのだろう。その魂をも奪うかも知れないモノを従えて、大切なのだという彼をどんな気持ちで見てきただろう。 それはどれほどの苦しみだっただろう。 それはどれほどの幸せだっただろう。 もう知ることは出来ない。 それに尋ねることが出来たとしても、きっとテッドは、自分で探せというのだろう。笑顔で。 (きっと僕は、羨ましかったんだろうね) それを理解できないでいながら、それでもテッドの曇りのない笑顔を見て、どこか嫉妬に近い気持ちも持っていたのだと思う。どんなに焦がれても届かない、という羨望のまなざしを分かっていて、テッドはきっと言ったのだ。 ”光の中を生きろ” お前も、そう生きられるから、と。 諦めるな、と。 「・・・・・・・・・・・・・・っ」 反射的に瞳を閉じる。 なんとなく、涙は流さないでいようと思った。 彼の気持ちを知るものとして。何の心残りもなく、安らかだった彼を知っているから。 「ルック」 どれだけ時間がたったのかは分からないが、ナギはまだ膝を抱えたまま、それでもしっかりと顔を上げていた。 「明日からはまた、戦争だけど。僕に力を貸してくれるか?」 漆黒の両眼で、試すように見据える。 (やっぱりあんたは強いよ・・・ナギ) 半ば苦笑が浮かびそうになりながら、ルックも答えた。 「当然だね。・・・約束は、果たすつもりだからね」 「ありがとう」 それは様々な約束の意であったけれど、ナギは自分とのそれだけを思い浮かべたのだろう。それでも満足げに頷いた。 「いこう」 立ち上がり、空を見る。広すぎるほどの、青い青い空。 その、下で。 子供たちは再び歩く。 傷ついた足で。 空を見上げて、そこに希望を信じながら。 (ただ己の中に、願いを刻み付けて) |
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