数年間会っていなかっただけだというのに、それはひどく時間を隔てたような再会だった。
いや、正確に言えばそれは「時間」の問題ではなく・・・ただ、テッドという人物が、あまりにも記憶の中のものと違っていたから。


 道を分かつ子供たち 



「ルック、いたずらしてはいけませんよ」
師レックナートのその言葉は、むしろテッドとのつながりを悟らせてはいけないという意味だ、とはもちろん気づいていた。
けれど、それでも聞いてみたかった。話してみたかった。
何が、君をそんなに変えたのか――――、と。
だから、近衛隊の者たちを送るときに、ルックは風の力を借りて、テッドと二人だけの時間を作り出した。
「久しぶりだな、ルック」
空間の狭間につれてこられたというのに、驚きもせずテッドは言う。まるで予想していたというように。
「・・・・・・・・そうだね」
自分を覚えていたということに多少の驚きを感じつつも、ルックは憮然と口を開く。それを見て、テッドは楽しそうな笑みを浮かべた。
「なんだよ、あの可愛いコドモはどこ行ったんだか。こーんな悪ガキになっちまってよ?」
「なっ・・・!!君には関係ないだろ?」
突然の揶揄に、ルックは剣呑に眉をひそめて反論する。
それを見て、テッドは目を細める。そこにどんな思いが、感慨があったのかルックは知らない。
「怖かった?」
「!!!」
何の前触れもなく問いかけてきたテッド。それは、先程の言葉とは違う、真剣な響き。
「な・・・・・・・・・・」
ルックは何も言えない。
(だって)
(どうして見透かされる?)
ずっと、自分は一人だった。
ただ一人、レックナートだけが自分に接してくれる人だった。
その他の「人間」は、はっきり言ってルックにとっては、恐怖の対象でしかなかったのだ。
せめて会話の優位に立とうと必死だったことが、目の前の少年には分かっていたらしい。
「だったら、何さ」
ひとつため息をついて言う。すると、テッドは苦笑したようだった。
「何ってこともないけどな。・・・ただ、それが平気になれば良いなって思っただけだよ」
(・・・大きなお世話)
そう思う。
そして、考える。いつか見た彼の綺麗な瞳を思い出しながら、その頃から変わらない青を見つめて。
「君こそ、変わったね」
そう、切り出す。それこそが、今ここにテッドを呼び出した理由。
「どうして、そんな風に笑えるの?どうして、そんなに・・・・・・・」

(しあわせそうなの)

言葉に出来なかった部分は、しかしテッドには通じたようで軽く頷くのが分かった。
「・・・・・・・あれから、俺は拾われたんだ。アイツの、ナギの父親に」
それから、テッドはさまざまなことを手短に語った。普通の少年のように生きられた日々。その中で得た、いや思い出した、かけがえのない感情たちを。
「ナギは、俺の親友だよ」
すべてに絶望したような言葉を吐いた少年は、確かにそう言った。
(とても、嬉しそうに)
「俺に光をくれた。大切な親友なんだ。だから、俺の中に棲む闇なんかに喰わせたりしない、絶対に」
本当に嬉しそうに、テッドは笑うから。一瞬、いろいろな気持ちが混ざり合って、ルックは眩暈を起こしそうになる。

「なあ、ルック。お前も、見つけろよ、光を。それだけで世界は変わると、信じられる・・・」

(大人びた、孤独な少年はもういなかった)


ただ、失くした時間を取り戻したように、笑っていたんだ。




そうやって、彼は生きていくんだと思った。これからも。


だけど、それがまったくの間違いであったと、結局運命は彼をあざ笑っていただけだったのだと知ったのはそれからすぐのことだった。

眩しすぎるほどに煌めく谷。ただ竜の治療薬を作るという目的だけで訪れたそこに現れたのは、いつかの少年。
ルックは今目に映る光景が信じられなかった。
(どうして)
テッドは、今、かつてその身に宿していた紋章にその魂を奪われようとしているのだろう?
どうして、そんなに簡単に、すべてを投げ出してしまっているのだろう?
(笑ってたのに)
光を知れたって、嬉しそうに。
それなのに・・・・。
「どうして」
ほとんど無意識に、声となって零れ落ちる。しかし、その呟きを耳にするものはいなかった。
ルックは、呆然とその光景を見つめることしか出来ない。グレミオのときと同じように、その名を必死で呼ぶナギの声すらも、どこか遠くのもののように聞こえた。
と、そのときだった。
『ルック』
聞き覚えのある、しかし以前と比べると弱弱しすぎる声。
(―――テッド?!!)
咄嗟に心の中で問い返すと、テッドの微笑が聞こえてくるようだった。
そして、理解する。
これは、紋章を通じての会話であるのだと。
『ルック・・・まさか、こんな形で再会することになるとはな。だけど、時間がない・・・聞いてくれ、ルック』
必死な、しかしどこか穏やかなテッドの声音に、何か苦いものがこみ上げる。
『なあ、ルック。聞こえてるか?』
テッドは、言った。
いつも変わらない、落ち着いた声。ナギと接するときにだけ無邪気な子供のそれになっていたけれど、この声と、どちらもテッドの本来のものであると分かっていた。
ルックは、相槌を打つでもなくただ、聞いていた。
『俺は、ずっと闇の中で生きてきた』
いつかも言っていた言葉。だけど。
『だけど・・・光の中で、死ねるんだ』
なんて、嬉しそうに。
(それは、解放とは呼ばないよ、テッド・・・?)
ルックは、目の奥の熱さを殺すように瞳を閉じた。

テッドは、続けた。
ナギに身体を預け、瞳を閉じたままで。
『あいつを守ってやってくれ、ルック』
一生の願いだなんて言わない。ただひとつ、ルックと共有するのはただひとつの願いだけだから。
あの時二人で、互いに向けて祈った、それだけ。
だから。
これは一方的な、ものだけれど。
『お前も、分かるだろ?あいつの、ナギの強い光が』
言葉と、言葉にもされない思いたちは、確かにルックの心に届いてくる。それは、紋章の力のためだけだとは、思わなかった。思いたくなかった。
「・・・・・・・うん」
誰にも聞こえないように、小さく呟く。
あの強い光とともに。生きろ。
テッドは、そう言う。
いつかと同じように、光の中で生きろと。
どうしてそれを、自分に言うのか。
(君が、そうすべきだったんだよ・・・)
力なく、声を送る。
するとやはり、返ってくるのは穏やかな、ほんの少しだけ苦笑したような・・・。
『俺は、これで良いんだ。変な言い方だけど、ここで死ねてよかった。本当だよ、ルック』
光の中で。
それにどれほどの意味が、価値があるのかルックには良く分からない。
どうしてそれを自分にも求めるのか、分からない。
だけど、これだけは言えた。
(安心しなよ、テッド)
この戦争を、終わらせる。
ナギを守る。
それは、すでに決めていることだから。
そういうと、テッドの笑みが見えた。
近くでナギが息を呑む気配。ふと顔を上げると、テッドは瞳を開けていた。静かな青。
いつか彼は、自分の緑の瞳が綺麗だといったけれど、それが希望を託す理由となるのなら、自分のほうこそ願いたかったのに。

『コイツの、ナギのこと、頼むよ・・・』
もう一度、テッドは繰り返す。
ルックはじっと瞳を上げて、その言葉を聴いた。

『どうか・・・・・・幸せに』

負けるな。
紋章に、運命なんかに。

そんな、無意味な言葉をそれでも必死に紡いで、そうしてテッドの意識は途絶えた。
「・・・・・・・・・・・っ」
ルックの声にならない慟哭は、ナギのそれとも重なったようだった。
しばらく、沈黙が落ちる。
そしてそれを誰かが(ビクトールだった気がする)破り、ナギに帰るよう促している。すべてが雑音だった。
しかしそれでも、ナギはしっかりと頷き・・・・・・悲劇の英雄への階段を上った。


帰り道は、皆無言だった。
ルックは先程の場所を振り返らなかったけれど、ただ思いを馳せた。

(テッド・・・・・・・・)

話した時間は、あまりにも短い。
だけど、そう。自分は、彼からたくさんのものを貰った気がする。
そして、自分の中に生きる彼の願い。
ナギの中に生きる彼の願い。
「・・・・・・・・」
ルックはなんとなく、ナギと話がしたいと思った。

「     」
風にのせて、呟く。
そこが光でも闇でも、届けばいいと思いながら。

(さようなら)

それは別れの言葉。
しかし今だけは、幻想の祝福に変えて。





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