happiness 



バナーの村でユエと出会って、早数週間が過ぎた。
同盟軍のリーダーとなって、始めこそその環境の変化、そして自分の気持ちに戸惑ったりはしたけれど。それでも、そばにいてくれる仲間、志を同じくするものたちのために、戦う。今はただ、毅然と顔を上げて答えられる。
そんな中、それでも少しささくれ立っていた自分の心を、気遣ってくれるのはユエ。
同盟軍の戦力にはならないと公言している彼は、ただの「ルイ」の友人として、ここに居てくれる。誰もがリーダーとしてのルイしか求めることが出来なくなっている今の状況で、それは大きな心の支えだった。
それでも、いつも心にあるのは。
(申し訳ない・・・・っていうか)
なんと言えば良いのか、良く分からないけれど。
そう、多分・・・・・・・。

(僕は・・・・・・・)



:::  :::  :::



「・・・・・ルイ?」
「あ、ユエさん」
軍主としての雑務もひと段落つき、シュウから少しの休憩時間を与えられたため外に出てきていたときのことだった。
特にすることもないので、近くの木陰で涼んでいたのだ。
急に横からかかった声に驚きながらも、ルイは淡い笑みを浮かべる。
それは、最近の彼が良く浮かべる、大人びた笑顔。友人ではあるものの、同盟軍主としてのルイから見れば、ユエは「協力者」であり、「お客様」。その関係を考慮して、人目に付く場所では礼を尽くすことを忘れない。
ただの一国民として生きてきたはずのルイが、どこでこれだけの教養を見につけられたのか、誰しも不思議に思う。
それは、才能の一言で片付けてしまうことは出来ない、不断の努力の賜物ではあるけれど。
(でも、別に無理してるわけじゃないんです)
いつだったか、ユエにも言ったことがある。
ユエはそれをどう取ったのか、寂しげに笑っていただけだったが。

僕には大切なものがあって。
そのためにどうしたいのか、もう知ってしまっているから。

「・・・・どうしたんですか、ユエさん?」
とりあえず(地べたではあるが)自分の隣の席を勧めつつ、ルイは尋ねる。
するとユエは、少しだけいたずらっぽく笑う。
「別に・・・君がこんなところで気持ちよさそうにしてたからね。僕もお邪魔しようと思っただけだよ」
そういいつつ木陰に揃って腰を下ろすと、なんだかとても不似合いな光景のような気がして、どちらともなく笑みが浮かぶ。
・・・・・と、二人の目の前に、ふっと軽やかな影が飛び出してきた。
「・・・・・・ウサギ?」
真っ白な毛皮に覆われたそれを見て、ルイは思わず声を上げる。
「本当だ。だれかが飼っているのかな・・・・」
ユエも興味を持った様子でそのウサギに顔を近づける。
すると、ウサギは驚いたように後ろに下がってしまう。
「人に慣れてないですね・・・どこかから紛れ込んだ野生のウサギ、かなぁ・・・」
「そうだろうね・・・・・」
珍しいことではあるが、ありえないことでもない。
少し離れた場所でじっとこちらを見つめて、耳や鼻をかすかに動かしているその姿は、戦時中であることを忘れさせてしまうような可愛らしさ。
それをしばらく見つめていると、ユエが静かに口を開く。
「・・・・・誰かが、ウサギは寂しいと死んでしまうって言っていたけど」
いったい誰が言い始めたのか、しかしそれはルイも知っていた。
「それは違うよね」
ユエは、その漆黒の瞳をウサギに向けたまま。
戦闘となると強く厳しい光を放つそれも、今はただ寂しさのようなものだけを湛えて。

「だって、この子は一人でもこうやって、生きてる」

したたかに。
弱肉強食の、この世界の理にも負けないで、この愛らしい瞳で世界で生きていく方法を見つめ、小さな足は大地を駆けて自分の命をつなぐのだろう。
たったひとりでも・・・・・・・。
「でもね、ユエさん」
咄嗟に感じたままの言葉を、ルイは口にする。
「この子だって、元はひとりじゃなかったんですよね。もしかしたら、今も帰りを待つ誰かがいるのかもしれない。・・・これから、誰かと出会うのかもしれない」
「――――――――――」
「だから、生きてるんです。きっと。誰も、ひとりで死にたくなんかないですから・・・」
微笑のようなものを浮かべて、淡々とそれを紡ぐルイは何かを超越した、それこそ戦争の長などではなくてもっと、別の・・・。
彼のその考えの深さ、優しさをいかせる生き方は、きっともっと、他にあるだろうに・・・。
聞いているのがユエでなくても、そう思わずにはいられないだろう。
ルイは、強い。
強いだけの人間などいないけれど、やはり強いのだ。
「僕たち皆、一人で生きられないほど弱くもないし、一人で生きようとするほど強くもない」
(僕は、一人ではきっと何も出来ない)
ただ無意味に生きることは出来ても、それで幸せなんて言えない。何が望みか、知っているから。
「・・・・でしょう?」
そっと視線をユエのほうに戻すと、ユエは驚き半分、感心半分といった目でルイを見ていた。
「・・・・・そう、だね」
ふ、と表情を崩す。
「すごいね、君は・・・・・・」
その言葉に、今度はルイが寂しげに笑った。
一瞬の逡巡。
「でも」
そっと手を差し伸べ、おびえるウサギを軽く撫でる。
ウサギは、一瞬の後にはその手にぬくもりすべてを押し付けるように、顔をうずめて。
「・・・・・本当に、さびしくて死んでしまいそうなのは、僕なのかもしれない・・・・」
「ルイ・・・・・・」
その頬を流れる、一筋の涙。

(それでもきっと、僕は生きているけど)

ともにいたい人。
だけど守りたいのは彼らだけじゃなくて。
それが願いだと知ったときから、自分はそれを失う覚悟をもした。
失わせないと、決意もした。

だから。

(僕は、そんなに「不幸」ではないんです、きっと)

皆が思うほど。
痛々しそうに気遣ってくれるのも、嬉しいけれど、やっぱりそれは要らない。軍主として、その命を預かるものとして。
自分は生きていくことを決意したのだから、同情も哀れみも要らない。
たった一粒、涙を流す場所があるのなら自分は生きて戦える。

「・・・・・・・・・ルイ」
ユエは、そんなルイのことをわかっているかのようにため息をひとつ。
それは、かなしいまでに強いこの少年への、諦めにも似た慈しみ。
「僕らがいるよ、君には」
すべての覚悟すら出来てしまう人間。それでも、さびしいのは本当で。
「・・・はい。幸せな・・・・・ことですよね」
ユエの心に。
やさしい時間に、感謝しながら。
「ルイ」は・・・・・・今。生きてる。

そして。
「ユエさんにも、僕たちがいますからね」
「・・・・・・・・そうだね」
当たり前のように返されたその言葉に、ユエは微笑する。

と、そこへひとつの明るい声が届き・・・。
「ルイ―――!!こんなところにいたっ!あ、ウサギ!!可愛い―――vv」
「ナナミ・・・・・」
一気に明るくなったような雰囲気に、ルイはユエとともに目元を和ませる。
「ナナミってさ・・・ウサギみたいだよね」
ふと思いつき、ルイは言ってみる。
すると、ナナミは心底不思議そうな顔をし・・・・・。
「えーなんで?どっちかって言うと、ルイのほうでしょ??」
「え―――――」
「あ、それっぽいかも」
思わぬことを言われ、(しかもユエにまで肯定され)ルイは慌てる。
「どうしてだよっ!ユエさんまで・・・ああ、笑わないでくださいよ・・・・」
心底困り果てたような顔に、ユエはますます笑みを浮かべる。
それは、久しぶりに見たルイの年相応の顔だったから・・・・。

自然な笑顔。
ルイ自身もそれに気づき、少しほっとする。驚きと同時に。
そして思う。
(僕はまだ、大丈夫)

どんなに弱く見えても、強欲に。
どんなに強く見えても、震えながら。

そうして生きている。生きていく。


さびしさを感じたとしても、決して、ひとりではないのだから。



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